大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8359号 判決

原告 元島守

右訴訟代理人弁護士 重山亨

本間美那子

被告 饗庭志津子

右訴訟代理人弁護士 寺本直吉

主文

原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は昭和五〇年一〇月一〇日以降一か月金二〇万九〇〇〇円であることを確認する。

訴訟費用はこれを八分しその五を原告の負担としその余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は昭和五〇年二月一日以降一か月金二一万五〇〇〇円であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和四七年一月三一日以降被告に対し別紙物件目録記載の建物(以下これを本件建物という)を賃貸し、被告は本件建物で飲食店を営んでいる。

2  本件建物の賃料は昭和四九年二月一日以降一か月金二〇万円である。

3  その後、物価の高騰、本件建物の利用価値の増加、近隣家賃の上昇により本件建物の適正賃料は昭和五〇年二月一日現在において一か月金二一万五〇〇〇円を相当とするに至った。

4  そこで原告は被告に対し昭和五〇年一月一五日頃本件建物の賃料を一か月金二一万五〇〇〇円に増額する旨口頭で意思表示をした(ちなみに本件建物の賃料支払方法は毎月末日翌月分前払いの約であった)。

5  かりに右意思表示が認められないとしても原告は昭和五〇年一〇月一〇日被告に送達された本訴状をもって被告に対し右増額の意思表示をした。

6  しかるに被告は右賃料増額の効果を争うので原告は被告に対し本件建物の賃料は昭和五〇年二月一日以降一か月金二一万五〇〇〇円であることの確認を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1・2の各事実は認める。

2  同3は争う。

3  同4の事実のうち賃料支払方法が毎月末日翌月分前払いの約であったことは認めるがその余は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告が昭和四七年一月三一日以降被告に対し本件建物を賃貸し、被告が本件建物で飲食店を営んでいること、本件建物の賃料が昭和四九年二月一日以降一か月金二〇万円であり、賃料支払方法が毎月末日翌月分前払いの約であることは、当事者間に争いがない。

二  原告は本件建物の賃料増額について被告に対し昭和五〇年一月一五日頃口頭で意思表示をした旨主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。

しかし、原告が被告に対し昭和五〇年一〇月一〇日被告に送達された本訴状をもって本件建物の賃料増額の意思表示をしたことは、弁論の全趣旨及び本件記録上明らかである。そこで、以下において右同日における原告の賃料増額請求の当否につき判断する。

三  成立に争いのない甲第一号証(以下これを栗原鑑定という)によれば本件建物は国鉄中野駅の繁華街の一画に位置する通称ブロードウェーセンターの二階にある店舗であること、同センターは昭和四一年八月頃約七九〇〇平方メートルの敷地上に建設された地下三階地上一〇階建の鉄筋コンクリートビルで地下一階から地上四階までは店舗、五階以上は住宅として分譲されたものであり、同センター内の商店街は既存の中野北口商店街と直結した形をなす斬新的なもので、現在中野北口商店街の有力な一角を築きあげ今後とも発展性に富んでいること、中野駅北口広場の拡大が決定され昭和五一年度中には着工が予定されていること、近隣地域内の家賃は一般的傾向として最近二年ないし三年のうちに一〇%から二〇%の増額が行なわれているのみならず、ブロードウェーセンター内店舗の実質賃料の高騰は特に昭和四九年頃から顕著であること、本件建物が飲食店として最有効使用の状態にあることが認められ、右認定事実によれば本件建物の利用価値及び、近隣家賃は共に上昇しており昭和五〇年一〇月一〇日現在本件建物の家賃が不相当になっていたものと推認することができる。

なお前掲証拠によれば本件建物の賃料は契約時には一か月金一八万円であったところ、昭和四八年二月分から一か月金一九万円に、昭和四九年二月分から一か月金二〇万円に、それぞれ短期間のうちに二回にわたって増額されたことが認められるけれども、前記認定事実に加えて最終増額の時から一年八か月余を経過していることを考慮すれば前記認定を覆えすに足りない。

右認定につき成立に争いのない乙第一号証および乙第二号証(以下これを加藤鑑定という)のうち栗原鑑定と反する部分は採用しない。

四  そこで昭和五〇年一〇月一〇日現在における本件建物の賃料の適正額について判断する。

(一)  栗原鑑定及び加藤鑑定とも鑑定評価の方式として賃料事例比較法を採用し、近隣家賃との比較を試みているところ(但し、加藤鑑定は積算式評価法による試算をしているが、本件建物については賃料事例比較法が妥当であることを指摘している。)、本件建物が通称ブロードウェーセンターの二階部分の一画にあり、同センターの五階以上は店舗でなく住居として分譲されていることから積算式評価法もしくはスライド方式によることが困難であることがみうけられるので、両鑑定の前記鑑定評価の方式を是認することができる。

(二)  ところで加藤鑑定は収集した賃貸事例のうち契約年月日が比較的新しく時点修正を要しない三例を除外して比準賃料を算定し、かつ実質賃料の算定に関し礼金の償還期間を契約期間(収集事例の契約期間は二年ないし五年である)に限定し、礼金、敷金の運用利回りを年六%としているが、比準賃料は需要と供給が出合う市場によって形成されるいわば市場価格に相当するものであるから時点修正を要しない右三例を除外する合理的理由はなく、むしろ右除外三例を基礎としなければならないというべきであり、しかも礼金については、それが賃貸借契約の当初においてのみ授受されるのが通例である反面、一般に賃貸借契約は更新されるものであることを考慮すれば、償還期間を契約期間に限定するよりも一〇年間程度とするのが取引の実体に合致するものと考えられ、運用利回りも、本件店舗については年六%では低きに失し、年八%とするのが相当であると思料され、右基準によった栗原鑑定を正当とみることができる。

(三)  栗原鑑定によれば次の諸事実が認められる。

1  本件建物の専有床面積(区分所有権)は五八・五八平方メートルである。

2  昭和五〇年九月一日現在における比準賃料(ブロードウェー内近隣店舗の賃料実額に礼金、権利金の償却額及び敷金の運用益を加算し、更に位置、形状等の利、不利による修正を施した、実質的平均賃料)の三・三平方メートル当たり月額は、金一万四六〇〇円である。

3  原告は契約時に被告から礼金二〇〇万円及び敷金五四万円を収受しているから、礼金の償却額を償還期間一〇年の元利均等方式で計算すると三・三平方メートルにつき一か月金一四〇一円となり、敷金の運用益を運用利廻り年八パーセントで計算すると、同じく金二〇三円となり、右合計金一六〇四円を本件建物の従前の三・三平方メートル当たり賃料月額金一万一二八七円に加算した金一万二八八九〇円が、本件建物の従前の実質賃料である。

4  比準賃料と右本件実質賃料との差額は金一七一〇円(一か月三・三平方メートル当たり)である。

(四)  さて、栗原鑑定は右比準賃料と本件建物の従前の実質賃料との差額を貸主と借主とに折半して配分すべきものとしているが、前記三で認定した事実に照らせば本件建物はブロードウェーセンターという一つのビルの分譲商店街の一画に位置していて通常の商店街と異なる特殊性がありブロードウェーセンタービル全体の繁栄衰退につき個々の営業主の業種、営業内容、経営規模等により左右されやすいことが推認でき、被告が本件建物において昭和四七年二月ころから飲食店を経営した最有効使用していることは、同センターの繁栄に貢献し、特に昭和四九年以降の本件建物の利用価値の高騰に寄与しているものと認められるので、右配分方法は貸主たる原告が十分の三、借主たる被告が十分の七とするのを相当とする。栗原鑑定の右部分は妥当でないのでこれを採用しない。また、賃借人に対する右差額の配分を全く認めない加藤鑑定も、採用することができない。

そこで比準賃料と本件建物の従前の実質賃料との差額金一七一〇円を右の割合で按分すれば原告に帰属すべき部分は金五一三円となり、これを右実質賃料に加算した金額は三・三平方メートル当り月額金一万三四〇三円である。

(五)  したがって、本件建物の昭和五〇年九月一日現在における適正賃料月額は、右金一万三四〇三円から前記(三)3の償却額及び運用益の合計金一六〇四円を控除した金一万一七九九円に本件建物の坪数一七・七二を乗じた金二〇万九〇〇〇円(百円未満切捨)となり、右同日以後同年一〇月一〇日までに本件建物の賃料の変動が生じたことを認めるに足る証拠はない。

五  してみると、本件建物の賃料は昭和五〇年一〇月一〇日以降一か月金二〇万九〇〇〇円に増額されたものというべきである。

六  被告が右賃料増額の効果を争っていることは本件弁論の全趣旨から明らかであるから、原告が右増額賃料額の確認の利益を有することはいうまでもない。

七  よって、原告の本訴請求は右限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大和勇美)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例